2018年7月24日火曜日

ことばと文化22「翻訳・名訳・誤訳」





機械翻訳は急速に進化



この数年、機械翻訳の精度が大きく進歩している。100%近く正確、というわけにはいかないが、だいたいの意味をつかむには十分なレベルだ。




かつて、機械翻訳は使いものにならない、と言われた時期がある。よく引き合いに出されるのが、この一文。


Time flies like an arrow.


これを機械翻訳にかけると、「時蠅は矢を好む」という訳文になったと言う。しかし、今はオンラインの無料翻訳でも、意味の通じる日本語訳が出てくる。Google翻訳なら「時間は矢のように飛ぶ」。「光陰矢のごとし」という参考訳までついている。




今や情報は世界各国から発信されている。情報を手っ取り早く知りたいとき、自動翻訳はありがたい存在だ。



間違いが許されない翻訳とは



一方、「だいたい」の翻訳ではすまされない場合もある。出版物など、プロの文章として世の中に出るものは当然ながら、ビジネスや医療など、金銭や安全にかかわるもは、正確な翻訳が要求される。


私自身が翻訳の仕事を始めたころ、こんな話を聞き、ぞっとしたのを覚えている。


「海外向けプロジェクト工事の仕様書で、翻訳会社が提出した文章に誤訳があった。このため、工事仕様が本来と変わってしまい、数千万円の損失を出した。誤訳したのは、surface というたったひとつの単語で、『地上』と『地中』の訳を間違えていた」




この時の損害賠償がどうだったのかまでは覚えていないが、翻訳の問題で金銭的損失が発生した場合、翻訳会社が賠償責任を負うことがあるらしい。また翻訳者自身にペナルティが課せられることもあるようだ。



 有名な誤訳


よく知られた誤訳として、ビートルズの「ノルウェーの森」という曲のタイトルがある。原語は「Norwegian wood」。かなり以前から誤訳が指摘されていたようだ。ウェブで見ると「ノルウェーの家具」とか、「ノルウェーの木材」というのが正しい意味とされている。いずれにしても、森とは全然関係ない。


実は、これを訳した音楽会社の人も誤訳であることを認めている。しかし、タイトルは今でも修正されていない。現在発売されているCDタイトルでも、「ノルウェーの森(ノーウェジアン・ウッド)」となっている。


確かに、本来の意味とは違うかもしれないが、「ノルウェーの材木」と言うより、「ノルウェーの森」というほうが、はるかにイメージがいい。




今は洋楽タイトルに邦題をつけることが少なくなっているが、昭和の時代に発売された曲には、へんてこな訳がつけられたものも少なくなかった。


シンディローパーの「Girls Just Wanna Have Fun」は、最初、「ハイ・スクールはダンステリア」として発売された。だが、本人からのクレーム(と言われている)で、「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」と変更されている。


洋楽に日本語のタイトルをつけるのは、あくまで売れるようにするため。だから、原文に正確でなければいけない、ということはない。しかし、あまりに曲のイメージを損なうものは、「誤訳」と言えるだろう。


笑える邦題のサイトはいくつかあります。ご興味があればこちらをどうぞ。


参考:
ユニバーサルミュージックラバー・ソウル



名「誤訳」?



翻訳というものは、100%原文に忠実、とうわけにはいかない。異なる言語は文化の背景も違うからだ。小説などでは、原文の意図を維持しつつ、読者が理解できるようにするため、わざと「誤訳」?「意訳」?する場合がある。


翻訳関連の本を読むと必ず出てくる例が、日本文学者ドナルド・キーン氏による太宰治の「斜陽」の翻訳の一節。原文の「白足袋」が、「white gloves」と訳されている。これは、ある女性が正装している場面。英語の読者が理解でき、また原文の意図も損なわないよう「白手袋」と言い変えた表現は、多くの人から「名訳」と賞されている。


また、もうひとつの例に、CS・ルイスの「ナルニア国物語/ライオンと魔女」に出てくる「ターキッシュディライト」がある。翻訳は瀬田貞二氏。日本語訳では、これが「プリン」となっている。




ターキッシュディライトはイギリスの子供が大好きなお菓子。柔らかいゼリーのようなものに粉砂糖がかかっている。日本語の翻訳が出版されたころはもちろん、現在にいたっても日本ではほとんど知られていない。訳者あとがきに、日本人になじみのないものであるため、「プリン」に変えたとの断り書きがある。


実はこの本、私が子供の頃からの愛読書で、大人になってからも折に触れて繰り返し読んでいる。この「ターキッシュディライト」は、白い魔女が少年を悪事に引き込もうとする大事なシーンで出てくる。もし、「プリン」ではなく、「ターキッシュディライト」と書かれていたら、お菓子であることも分からず、物語の面白さが半減していたかもしれない。


意図された誤訳というものは、直訳よりも本当の意味合いを伝えてくれると言えるだろう。


おまけ



「ナルニア国物語」は英語でも読んだので、「Turkish Delight」というのが、どんなものか、気になっていた。ロンドンに行ったとき、初めて食べる機会があったのだが、私にとっては、実に残念な味だった。にゅるっとした歯ごたえ、単純な甘さ、そして、お菓子にそぐわないフレーバー(ちょっと香水っぽかったです)。ターキッシュディライトファンの方、ごめんなさい。これは個人の味覚なので…


写真はおいしそうですね。








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